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9・11

あれから3年。改めて色んな考えが巡る日。
あの映像のインパクトはやはりボクにとってもかなり大きかった。けど、当時はその事件から「何か」を汲み取ったりもせず、今までも起こってきた事件の一つとして、自分とは関係ない「通過点」の様に、さほど気にもとめず過ごしてきました。
しかし、9・11がきっかけになったのか、それ以降、いつしかゆっくりだけどボクの何かが変わっていき、ニュースで別の悲惨な事件が報道されるたびにも、ぴりっと心にひっかかるようになり、今ではその一つ一つについて色々考えたり調べるようになっていきました。
もちろん9・11についても、時間が経ってからではあるけど、自分なりにその事件から何を感じたのかを考えてみたり。
そして今月のロシアのテロ事件もあり、自分の胸の中にこのまま全てをしまっておくのは出来ないなぁ、かといって気軽に話せる話題でもないしとここに、自分の思うままに綴ってみました。
たとえどんな歴史的背景があろうと罪のない尊い命を奪う行為は許してはいけない。これは大前提。実行犯たちの理由は聞くが、それを正当化はしません。はじめにやられたからやり返した。ダメです。あっ、もちろん更なる報復で爆弾落としに行くのもダメダメです。やはり理由は何であれ戦争を正当化してはいけない。
正義はバラバラで、それぞれ違います。違う正義を振りかざすもの同士、多分お互いを理解し分かり合うことは出来ない。でも認め合うことは出来るでしょう。
しかしながら憎しみの連鎖が暴力の連鎖を生み、結果また悲しみの連鎖を生んで歴史は繰り返されてきました。そして今回のテロもしかり。
確かにこの連鎖を断ち切ることは大変ムヅカしいです。自分に置き換えて考えても、大切な人を殺されれば、相手を恨み憎しむことでしょう。決して復讐の炎に心奪われないぞ、とボクも言い切れる自信はありません。。。どうしたものか・・。
日本人は「忘れる」文化を持った種族である、とどっかの本に書いてありました。しかし忘れる行為が果たしてこのような連鎖を切るベストな手段なのかと考えると・・。それも違うよな。
いつ自分が連鎖の渦に巻き込まれるかもしれません。今んとこめちゃくちゃ自分は平和だと思います。でもここで「自分の平和・幸せとは何か?」をしっかりと見つめ直し、そして「それを守るために今自分は何をするべきなのか?」を考えたい。さらには「もしも周りの大切な人たちが被害者・加害者になった時、自分にはいったい何が出来るのか?」と自分に問いかけたい。
平和って何もせずのほほんとしてれば、何とな~く向こうからやってくる、そんなもんじゃないし。崩さないよう、崩されないよう自ら築いていかなきゃ。。。
以上、9・11からボクが感じた何かです。

(最終更新:2015年1月22日)
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